エジプトの歴史の要約です。観光や遺跡めぐりのための予備知識として、読んでいただければ幸いです。(王様の名称は、他の文献と表記が異なる場合があります。)
「エジプトの偉大さは、過去の栄光が現在にでも生きていることです。古い歴史から、私たちは賢さと知識を受け継いでいます。」
これは、歴史学者であり冒険者であった古代ギリシャのヒヤクツユス(580BC−519BC)の言葉です。彼の執筆した有名な著作物は「世界一周旅行」。その第2巻にはエジプトのことが述べられています。「エジプトは文明国家であり、言うならば、知識と賢さの源である。」先史時代より、エジプトには本当の文明が始まっていました。
文字が書き記しだされた時代には、政治的に安定しており、北部と南部が統一されていました。これはナルマル王の時代のことです。
最古代(第1王朝、第2王朝 3100BC−2686BC)
考古学者の間で、エジプトの歴史は始まったのは3200BCであるとおよそ意見が一致しています。第1王朝が興ったときのことです。第1、2王朝のとき、エジプト人は着実にいろいろな点において文明の一歩を進んでいました。行政、建築技術は、時間がたつにつれてさらに発展しました。また、法律が制定されました。人々は天然資源を利用しはじめました。土木技術や鉄鋼技術が開発されました。
古王国時代(第3王朝−第5王朝 2686BC−2181BC)
この国の特徴は、
・ 巨大建造物、ピラミッド建設が可能になったこと
・ 国が安定していたため、工業と芸術が発展したこと
・ エジプトの資源を用いはじめたこと
第3王朝のゾーサル王の遺跡群には、サッカラのピラミッドがあります。サッカラは実験的なピラミッドです。特徴は、レンガのかわりに石を用いたことです。また、お墓の形も変化し、マスダバ(小さな墓地群)でなく大きなピラミッドが墓として作られました。
第4王朝は、強国で中央集権国家でした。行政はしっかりしていました。一番有名な王はセネフロです。他には、クフ王は、ハフア王、マンカウラー王が挙げられます。建築は、規模の大きさが特徴です。墓内には、装飾、文字等はありませんでした。
第5王朝は、宗教色が強いものでした。太陽神ラーの影響力が強く、また民主主義が始まったのもこの王朝です。階級制度がなくなった結果、階級間の交流も許されました。王様以外は墓をこれまでは建ててきませんでしたが、大臣などにも墓を建てる権利が認められました。さらに、外国との貿易が栄えました。外国への旅行者も増えました。オサカフ王、サムラ王、ネヴェルイルカラ王、ゲッカラーイシス王、スィセクラー王、オナース王が有名です。
第6王朝は、中央集権でなくなりました。王の権威が下がる一方、官僚の影響力が増えました。カフラ王とワニ王が南方に探検隊を送りました。時が経つにつれ、さらに王の権威がさらになくなり、王朝は衰退し、人民による社会革命が起こりました。
第一移行期(第7−10王朝 2181BC-2055BC)
エジプトの人々は、権利を獲得するため、社会革命を起こしました。人々は自らの怒りを、王族の遺物、記念碑等を破壊することによって表しました。この革命は、いくつかの史料に記述されています。そのうちで重要なものは、イロールのパピロスというものであり、それには、人々が反乱のため税金を納めなかったと書かれています。人々は欲するものや諸権利を手にし、正当に扱われるようになりました。この時代の終わりには、テーベの為政者とアハナシアの為政者との間で権力闘争が起こりました。
中世(第11−12王朝 2055BC−1725BC)
一番有名な王は、セプフトブラーとミンホトブ2世です。この時代にエジプトは再び統一されました。王たちは再び権力を取り戻し、様々な計画によって農業が栄えました。芸術や文学も栄えました。この王朝は古代エジプト語の黄金期とみなされています。
第12王朝の創立者はイムニムハート一世です。その後スナーセート一世、イムニムハート2世、スナセルト2世、スナセルト3世、イムニムハート3世、イムニムハート4世が続きました。この王朝は、スビキセフロ女王で終わりました。
第2移行期(1725BC−1550BC)
中世は、ホクススの侵攻によって引き起こされた問題で終焉しました。彼らは中央アジアに住んでいた部族です。様々な部族がそれぞれエジプトの東の国境から侵攻しました。エジプト人は祖国を侵略から解放するために戦いました。上エジプトの為政者が開放のため尽力しました。その中でも、アハムス一世が最終的に、エジプトをホクススから開放しました。そして第18王朝つまり新王国を創立しました。
新王国(1550BC−1069BC)
帝国設立の時代に入りました。それは第18から第20王朝の間続きました。この間、多くの王が、遠征し、外国勢力に攻撃しました。一方、他国との貿易が栄えました。また、花こう岩の生産も増えました。カルナック神殿やルクソール神殿やラウムシオム、デールバハリー、ハーブー、アブシンベル宮殿に代表される大規模建築が行われました。トホトムス3世はもっとも有名な王で、戦闘家であり、大勝利をおさめました。アクナトーン王は大宗教家としてもっとも有名であり、それ以前は多神教でしたが、彼のときからアトンのみを信じるようになりました。この神は太陽の後輪をもち、人間の手を持っています。
アクナトーンは哲学者でもあり、古代エジプトの思想にもとづいて、一神教を説きました。
ラムセス2世は第19王朝の一番有名なファラオです。戦術と建築技術に長けていました。
第20王朝は「海の人民」であるフェニキア人の攻撃にさらされましたが、ラムセス2世は全てに打ち勝ちました。しかし、その後の王は弱く、第20王朝は衰退の一途を辿ることになります。